あかりの家自閉症療育のキーワード集抄(16)
- 新1 スクラッチアート ―関係作りにモノをはさむ―
- 多くの職員が関わりにくさを感じていたHさん。リビングでもトイレでもあちこちで頻繁に、鼻をかんだり唾を吐いて、その後必ずのように「パー」と大声を出す。
そこで、今年度自ら担当を希望して、関りの方向を変えようとスクラッチアートに取り組んだ。手添えからの出発であったが、初めて見るスクラッチアートに興味を示した何人かの女子職員がHさんのスクラッチアートに関わり始めた。2Fの男子職員も通りがかりに、「Hさんやらして」と一緒にすることもあった。
完成した作品は、多くの人に見てもらって、多くの人に声をかけてもらいたかったのでリビングに飾った。更に欲張って5月のあかり喫茶で、「H作品展」と銘打って交流ホーム壁に作品と制作中の真剣な表情の写真を飾った。
一方で、声かけの幅も広げたいとも思い、身体に合ったかわいらしく見える服を意識して買った。スカートも買った。
狙い通り、職員の声かけの内容も回数も増えた。Hさんもニコニコとしている事が増え、大声も減った。大声が出ても表情は柔らかい。
そして何よりも、グッズを通して関わることで、関りにくさを感じる職員は減っていった。新任職員にも担当利用者との関係作りにグッズを利用してもらった。実習生にも広げ、保護者にも喜んでもらう広がりも出た。
- 新2 新任の私の成長
- 新任採用の4月、F長より、Mさんの担当を伝えられた。そして、「デザインカッターで切り絵に取組み、10月のあかり喫茶で作品展をする」との課題を頂いた。しかし、初めてなのでまず自分の道具を揃えた。
6月にMさんの道具も揃えた。日常業務の少ない隙間をみつけての練習であったが、直線は少しずつ上達していった。しかし、曲線は「こう!」「クルッ!」と言いながら手添えでの練習であったが、失敗ばかりが続いた。
8月、直線中心の下絵で作品作りを始めた。はみ出しも多くあり、線の初めと終わりに赤丸で目印を書き、「ピタッ!」と声掛けすると段々できるようになった。喜び合う時間も意識して持った。
9月から曲線。先輩のアドバイスで手首の動きを意識した手添えをしながら、段々と手添えも必要でなくなった。集中して取り組む時間も長くなり、笑顔も増えた。一方で、私のことを担当として認めてくれている様な実感も感じ始めた。嬉しかった。
そして10月。作品展当日、お母さんが来られた。飾り終えた作品を見て、「ほんまに出来るんやろかと疑っていたけど、こんなに綺麗に出来ていると思わなかった」と少し目を潤ませて言われていた。彼も嬉しそうだった。
「利用者さんの目線になって色んな視点から」支援を考えていくための具体的な課題を、新任の私に与えていた頂いたことに、今になって気付き感謝している。
- 新3 連絡帳
- Hさんのお母さんとは、体調の関係で連絡帳でのやりとりが大半であるが、あかりでの色んなエピソードを書いても定型的な返事しか返ってこない。どんな話題だとつながっていくのか悩んだ。
担当を持って3年目、なんとかお母さんの心を掴みたいとHさんと刺し子に取り組んだ。そして、完成した刺し子布巾は、Hさんの頑張っている様子を貼ったアルバムを添えてお母さんに贈った。するとお母さんから「あかりでのやりがいができたことは本当に嬉しい」と喜びの返事があった。
コースターは、来客がある度に使われ「息子があかりで頑張っている」と言っておられるらしい。日に日に上達している様子も伝えると「学校ではこんなことをしたことがなかったので嬉しい」、「作品展ができると良いですね」とお母さんの方からも明るい話題が飛んできた。
帰省がなくなった現在、「完成したらお母さんに見せようね」を励みに取り組み続けている。生田さんとの取り組みとお母さんへの報告は、私との連絡帳を変え、お母さんも変えた。
- 新4 おだてられ、嬉し恥ずかし朝ごはん作り
- GHのJさん、指の皮むきが頻繁にある。何とかして止めてあげたいが、関われるのは月に1回程度の遅出宿直の時だけ。しっかり止めてあげられそうにない。
そこで指の皮むきをしなくて済むための取り組みを考えた。その一つとして、GHの翌朝の味噌汁の下ごしらえにJさんを誘った。野菜などを手添えで切ったりしているうち、Jさんが「眞鍋料理小学校やな~」と言い始めた。楽しくなって、宿直に入る度に一緒に下ごしらえをした。すると、他の職員から「Jさんが眞鍋さん、眞鍋さん言っているよ~。」とよく聞くようになった。
Jさんにおだてられ?職員におだてられ?気分が良くなって、下ごしらえがついつい味噌汁づくりまで進んでいった。そして、それが私とJさんの宿直の定番になった。
- 新6 相談日から得たエッセンス ~ 一緒に乗り越えて関係を築いていく ~
- 入所して1年近くになるNさん、40代半ばにあることで奥歯を割り、抜歯したそうだ。以降、病院に行けなくなって、病院の敷地にすら入れなくなった。
既に50歳。病院のお世話になることも増えるだろう。何とか病院に行けるようしたいと、嘱託医の相談日に、相談した。そして、以下の助言をいただく。
「奥歯の抜歯が彼にとって今まで経験したことの無いような嫌な体験だったのだろう。必要な事はまず、怖かったことを分かってあげて、不安を和らげてあげる事。その上で一緒にスモールステップを積み重ねて乗り越えていく。少しずつ困難を解決して、解決能力を身につけていく。二者関係を築き、二者関係で乗り越えていく。」
とりわけ「一緒にスモールステップを積み重ねて乗り越えていく」と「二者関係を築き、二者関係で乗り越えていく」という2つのフレーズが心に響いた。何か先が見える感じがした。
そうして、地域行事や園内健康診断や予防接種等に一緒に付き添い関係を深めていった。
まだ「この人がいれば大丈夫」といった二者関係は築けていないが、様々な抵抗感は短時間で乗り越えられるようになってきた。
彼だけが頑張るのでなく一緒に乗り越えて、一緒に悩んで、今に至っている。
- 新9 働くことで豊かになる
- 高等部卒業後、分場とWH高砂(就B)で17年半の通所利用を経て、現在あかりの家で働いているHさん。4年半になる。仕事ぶりはまじめで、午前は洗濯業務中心、午後はいろいろな作業班補助で引っ張りだこである。
Hさんは電車が趣味。高卒後、電車の日帰り旅行を楽しんでいた。それが、あかりの家で働き始めてからは、年に一回、一人で一泊旅行をするようになった。夕食は、その地方の美味しいものをネット検索し、お酒と共に楽しんでいるとのこと。
職員であることにプライドを持ち「働くことは楽しいです」と言い切る。職員忘年会ではお酌もして回る。毎日休まず仕事を頑張るHさんはステキだ!
蛇足ながら、30を過ぎた息子を旅に出すお母さん、この勇気ももすごい。